
統合報告書を「制作会社に丸投げ」する企業が失うもの

- 統合報告書を制作会社に依頼して「フレームワークを埋めただけ」の報告書が出来上がるケースは多い。
- これは制作会社の怠慢ではなく、発注構造の問題だ。
- 制作会社は「どう作るか」の専門家であり、「何を語るか」を決める会社ではない。この役割の違いを理解せずに発注すると、丸投げになる。
- 外注前に自社で整理すべきは3つ。誰に読んでほしいのか、何を最も伝えたいのか、他の開示媒体とどう連携させるのか。
- そして最も重要なのは「読んだ人の頭に何を残したいか」という読後感の設計だ。
- 「作れば届く」という前提を疑う
日本企業の統合報告書発行数は、世界でも突出している。2017年時点で統合報告を実施する企業は世界62カ国で1,500社超だった。そのうち日本企業は414社。当時から世界全体の4分の1以上を占めていた。その後も発行企業は増え続け、2024年末時点で1,150社を超えた。日本だけで、かつての世界全体に匹敵する数だ。
ただ問題は数が増えた分だけ質も上がっているか、という点だ。
筆者から見ると、日本の統合報告はビジュアルが美しく、独自性が強い、という側面があるがそれはまた別の機会に見たいと思う。
多くの企業は制作会社に依頼する。制作会社のサービスページには「企画から制作までワンストップで支援」「価値創造ストーリーの構築を支援」といった文言が並ぶ。フレームワークに精通したディレクターがつき、スケジュール管理も任せられる。安心して任せられそうに見える。
しかし、出来上がった報告書を見て「何か物足りない」「自社らしさがない」と感じる担当者は少なくない。フレームワークは埋まっている。必要な項目は網羅されている。デザインも悪くない。しかし、読んでも何が言いたいのか分からない。他社の報告書と並べたときに、違いが見えない。
私たちはこの問題を「制作会社選びの失敗」とは考えていない。問題は、発注の構造にある。
この記事では、統合報告書の外注で何が起きているのかを整理する。制作会社の役割と限界。丸投げで出来上がる報告書の特徴。そして、外注前に自社で整理すべき判断基準についてみたい。
- 「良い制作会社を選べば解決する」という誤解
制作会社のサービスページが語ること
統合報告書の制作会社を探すと、多くの選択肢が見つかる。印刷会社系、IR専門会社、コンサルティングファーム、デザイン会社。それぞれのサービスページには、魅力的な言葉が並ぶ。
「価値創造ストーリーの構築を支援」「企画から制作までワンストップ」「IIRCフレームワークに準拠した構成提案」「投資家視点でのレビュー」。
どの会社も、企画段階から関与すると謳っているし、ガイドラインの最新動向を把握している。受賞歴のある報告書を手がけた実績もある。比較検討すれば、良い制作会社が見つかりそうに思える。
しかし、ここに落とし穴がある。「良い制作会社を選べば、良い統合報告書ができる」という前提自体が、問題を見えにくくしている。
制作会社を変えても同じ問題が起きる
私たちが統合報告書制作のアドバイザリー支援に入る案件でよく聞くお悩みは、共通している。
提案におけるテンプレート感の問題だ。どの会社も業界標準フレームワークを提示するが、クライアント固有の課題には踏み込まない。事業を深く理解して「たたき台を作る」機能が制作会社側に存在しないのだ。選択肢は出すが、「何を基準に選ぶか」という判断軸は出さない。
当然上流設計を担うアドバイザリーサービスを提供している制作会社も多いのだが、パッケージとして別であることが多く、
想定外のコストや工期が発生してしまう。報告書制作に不慣れなクライアントからすると、「聞いてないよ」、となるのである。
しかし、裏の話をすると、これはベンダー固有の問題ではなく制作会社というビジネスモデルに内在する構造的限界である。
まず市場大手の統合報告書制作費用は、実際きちんとしたものをゼロから伴走して作ろうとした場合の工数から考えると、
驚くほど安い。同じ業界で会社経営をする人間としては脱帽してしまうほどの企業努力が見える。
下流の制作で利幅を取ろうとすれば効率性を重視せざるを得ない。そのためこれは制作の巧拙や悪意では決してなく、
ビジネスモデルの問題なのである。
発注者が期待する「戦略」と、制作会社が提供する「制作」のズレ
一方発注者が期待しているのは、本質的な事業戦略の翻訳と、伴走支援である。この会社は何を語るべきか。投資家は何を知りたいのか。財務情報と非財務情報をどう接続すれば、企業価値が伝わるのか。
制作会社が提供するのはどんな構成にするか。何ページにするか。トップメッセージはどう見せるか。価値創造モデルの図解はどうデザインするか。
前者は「何を語るか」の設計。後者は「どう作るか」の設計。どちらも重要だが、まったく別の仕事だ。
期待値が充足されないわけである。
制作会社のサービスページに「価値創造ストーリーの構築を支援」と書いてあっても、それは「ストーリーを一緒に考える」という意味とは限らない。多くの場合、「ストーリーを聞き取り、形にする」という意味だ。ストーリーそのものは、発注者が持っている前提になっている。
この認識のズレに気づかないまま発注すると、制作会社は持っている情報を整理してフレームワークに当てはめる。出来上がるのは、フレームワークを埋めた報告書、という結果になってしまう。
- 丸投げで出来上がる統合報告書の特徴
フレームワークは埋まっているが、自社らしさがない
丸投げで出来上がる統合報告書には、共通のパターンがある。
目次を見ると、必要な項目は揃っている。トップメッセージ、価値創造モデル、事業戦略、ESGへの取り組み、ガバナンス、財務ハイライト。IIRCフレームワークや価値協創ガイダンスに沿った構成だ。デザインも洗練されている。写真も綺麗に撮られている。
しかし、読み進めても「この会社ならではの話」が見えてこない。価値創造モデルの図は整っているが、なぜその図になるのかが分からない。トップメッセージは立派だが、どの会社のトップでも言いそうなことが書いてある。
競合他社の報告書と並べてみると、構成がよく似ている。同じ制作会社が手がけているのではないかと思うほどだ。実際、そういうケースもある。
これは制作会社の手抜きではない。発注者から「何を語りたいか」が示されなければ、制作会社はフレームワークの項目を埋めることしかできない。ガイドラインに沿った「正しい」報告書は作れる。しかし、その会社にしか語れない報告書は、発注者が語るべきことを持っていなければ作れない。
「読んだ後に何が残るか」が設計されていない
さらに私が実務で感じていることとして、丸投げの報告書で最も欠けているのは、読後感の設計だ。
「この報告書を読んだ投資家の頭に、何が残ってほしいか」。この問いに答えられる担当者は少ない。
たとえば、ある企業の実態は「既存事業からの転換が進んでおり、収益構造が変わりつつある」ことだとする。しかし市場からは旧来のイメージで見られている。この場合、統合報告書の目的は「認知を変えること」になる。構成も優先順位も、その目標から逆算される。
しかし、丸投げでは「ページを埋める」がゴールになる。どのセクションも均等に扱われ、メリハリがない。読み終わっても「結局何の会社なのか」が印象に残らない。
読後感を設計するのは、制作会社の仕事ではない。経営判断であるべきなのだ。
財務と非財務が「合本」されただけになる
もうひとつの特徴は、財務情報と非財務情報が統合されていないことだ。
統合報告書の「統合」は、財務情報と非財務情報を一冊にまとめるという意味ではない。両者がどう接続されているかを示すことだ。
たとえば、人的資本への投資が、どのように事業成長に寄与するのか。環境負荷の低減が、どのようにリスク軽減やコスト削減につながるのか。この接続が見えて初めて、投資家は非財務情報を投資判断に使える。
しかし、丸投げで作られた報告書では、前半に経営戦略と財務ハイライト、後半にESGとガバナンスという構成になりがちだ。それぞれのパートは充実していれも、両者の関係が語られていない。アニュアルレポートとサステナビリティレポートを合本しただけ、という状態はまだまだ多くの企業で見られる。
これも制作会社の責任ではない。財務と非財務の接続は、経営の意思決定そのものであり、外部の制作会社が代わりに考えられる領域ではない。
エラーが蓄積していく
丸投げには、もうひとつ見えにくいリスクがある。過去の誤りが修正されないことだ。
ある企業のサステナビリティ開示で、こういうケースがあった。特定のリスク評価に使うフレームワークが、本来の適用範囲を超えて別の領域にも使われていた。明らかなカテゴリエラーだ。しかし、新しい制作会社も「前年踏襲」で進めるため、誤りは何年も放置されてしまう可能性がある。
丸投げでは「納品物のチェック」はあっても「開示の論理整合性の検証」はない。制作会社は前年の報告書を参照してドラフトを作る。前年が間違っていても、そのまま踏襲され、エラーは蓄積する一方、ということになってしまう。
毎年ゼロから始まる理由
また、私が事業会社で開示実務を行なっていた際に、意識していたことは、翌年も同じ苦労を繰り返すリスクである。
統合報告書は毎年発行される。本来であれば、初年度に編集方針を固め、2年目以降は更新と改善に集中できるはずだ。しかし、丸投げで作った報告書には編集方針が(本当の意味で)残らない。そうなると「なぜこの構成なのか」「なぜこの情報を優先したのか」という判断基準が、発注者の中に蓄積されていかない。
結果として、毎年「今年はどうしましょうか」という議論から始まる。制作会社が変われば、また一から説明し直す必要があるし、担当者が異動すれば、引き継ぎに苦労する。
制作会社に任せた部分は、制作会社の中にしか残らず発注者の資産にならないというのは非常に残念な結果と言える。
- 制作会社の役割と限界を理解する
制作会社は「何を語るか」を決める役割ではない
ここまで読むと、制作会社を批判しているように聞こえるかもしれない。そうではない。
制作会社は「どう作るか」の専門家だ。複雑な情報を整理し、読みやすい構成にまとめる。デザインで視認性を高める。スケジュールを管理し、印刷やウェブ公開まで確実に進行する。これらは高度な専門性を要する仕事であり、多くの企業にとって内製は難しい。
問題は、制作会社に「何を語るか」の答えまでをも期待してしまうことだ。
「何を語るか」とは、この会社は誰に、何を、どんな文脈で伝えるべきか、という問いだ。投資家が知りたいのは何か。競合と比べたときの独自性は何か。財務情報と非財務情報はどう接続しているか。これらは経営判断そのものであり、外部の制作会社が代わりに答えられる問いではない。
制作会社が「価値創造ストーリーの構築を支援」と言うとき、それは「ストーリーを聞き出し、形にする」という意味だ。ストーリーの原型は発注者が持っている必要がある。原型がなければ、制作会社はフレームワークの項目を埋めることしかできない。
「why」が空洞のまま進む
制作会社のドラフトには、マテリアリティが並ぶ。5つ、あるいは6つのテーマが挙げられている。しかし、どのフレームワークで特定されたのかが不明なことがある。ISSB(IFRS S2)準拠なのか、GRI準拠なのか、独自の基準なのか。
制作会社は「欄を埋める」ことはできる。しかし「なぜこの5つなのか」という設計根拠は提供しない。開示の「what」は埋まっても、「why」が空洞のままだ。
投資家から「特定プロセスは?」と問われたとき、答えられない報告書ができる。
- 外注前に自社で整理すべき3つの判断基準
制作会社に依頼する前に、自社で整理しておくべきことがある。これが曖昧なまま発注すると、どれだけ優秀な制作会社でも「丸投げ」の結果になる。
誰に読んでほしいのか
統合報告書の主な読者は機関投資家だと言われる。しかし「機関投資家」と一括りにしても、関心は様々だ。
長期保有を前提とするアセットオーナーは、10年後の企業価値に関心がある。ESG評価機関は、特定の指標が開示されているかを見る。アナリストは、業績予想に使えるデータを探している。個人投資家は、経営者の人柄や会社の雰囲気を知りたいかもしれない。
昨今ではお客様から、求職者が面接で統合報告書の話を出してくる、というのもよく聞く話になってきた。こうなるとターゲット選定は困難を極める。
しかしこの全員に向けて書こうとすると、誰にも刺さらない報告書になってしまうのだ。
「誰に最も読んでほしいか」を決める必要がある。長期投資家との対話を増やしたいのか。ESG評価を改善したいのか。採用候補者にも読んでほしいのか。
ちなみにまた別稿にしようと思うのだが、求職者、特に新卒向けにこだわると論点がブレるので、採用サイトに譲れば良いと強く思っている。
いずれにせよ優先順位をつけることで、何を強調すべきかが見えてくることが重要な視点である。
何を最も伝えたいのか
統合報告書には多くの情報が載る。経営理念、中期経営計画、事業ポートフォリオ、財務ハイライト、ESGの取り組み、ガバナンス体制。すべてが重要に見える。
しかし、すべてを等しく扱うと、メッセージがぼやける。
「この報告書で最も伝えたいことは何か」を一文で言えるか。たとえば「事業ポートフォリオの転換が進んでおり、3年後には収益構造が変わる」。あるいは「人的資本への投資が競争優位の源泉であり、それが財務成果に結びついている」。
この一文が定まれば、構成の優先順位が決まる。トップメッセージで何を語るか、どのセクションを厚くするか、何を削るか。制作会社への指示も明確になる。
そして、この一文こそが「読後感」の設計だ。報告書を読み終わった投資家の頭に、この一文が残っていれば成功と言えるだろう。
そもそも、投資家は統合報告書を隅々まで読んでいるのか。
統合報告書は、企業の開示媒体のひとつにすぎない。有価証券報告書、決算説明会資料、IRサイト、サステナビリティレポート、コーポレートサイト。開示媒体はたくさんあるし、定量データが必要なら、BloombergやQUICKから取得する。長期戦略や経営の意思は、IR面談やスモールミーティングで直接聞く。ESG評価は、MSCIやSustainalyticsのデータを購入する。100ページの報告書を精読する必要はない。AIに要約させることもできる。
よくある失敗は、統合報告書に情報を詰め込みすぎることだ。「せっかく作るのだから、あれもこれも」となり、100ページを超える報告書ができあがるのだが、そもそも100ページを超える報告書を忙しい毎日の中で一体誰が読むというのか・・・AIにも端折られてしまうだろう。
では、統合報告書は何のためにあるのか。
私たちは「認知をセットする資料」だと考えている。初見の投資家に「この会社は何者か」の第一印象を植え付ける。IR面談の前に「この会社は何を語りたいのか」を掴む予習資料になる。対話の入口を作る役割だ。
この役割を理解すると、統合報告書に何を載せるべきかが見えてくる。統合報告書が担うべきは「全体像とストーリー」。この会社は何者で、どこに向かっていて、なぜそれが実現できるのか。会社が語りたいストーリー、切り口を伝えるツールであると考えている。
100ページを超える報告書は、この役割を見失ってしまう可能性があることに留意したい。
- 制作会社への依頼を「発注」ではなく「協業」にする
RFPの書き方ではなく、書く前の整理が勝負
制作会社を選ぶとき、RFP(提案依頼書)を作成して複数社に声をかけるのが一般的だ。RFPには予算、スケジュール、ページ数、必要な機能などを記載する。
しかし、RFPを詳細に書いても、前述の3つの判断基準が整理されていなければ意味がない。
「誰に読んでほしいか」が曖昧なまま「80ページ程度」と書いても、適切なページ数かどうか判断できない。「何を最も伝えたいか」が決まっていないまま「価値創造ストーリーを提案してほしい」と書いても、制作会社は何を提案すればいいか分からない。
RFPの書き方を工夫する前に、RFPを書く前の整理に時間をかけるべきだ。3つの判断基準が明確であれば、RFPは自然とシンプルになる。そして、制作会社からの提案も的確になる。
発注プロセスの詳細については、別の記事で整理している。「RFPに『戦略』と書いても『制作見積』しか出てこない理由」を参照してほしい。
良い提案を引き出す発注者の条件
制作会社から良い提案を引き出すには、発注者側の準備が必要だ。
まず、社内で意思決定できる体制を作る。統合報告書は経営企画、IR、広報、サステナビリティ推進など複数の部署が関わる。制作会社への窓口が一本化されていないと、指示がブレる。「誰が最終決定するのか」を明確にしておく。
次に、経営層を巻き込む。統合報告書は経営者のメッセージだ。担当者レベルで進めて、最後にトップメッセージだけ社長に書いてもらう、というやり方では統合感が出ない。構成段階から経営層の関与を得る。IFRSはエグゼクティブを集めて価値創造プロセスをそれぞれにつくらせてみろ、と言っていたりする。
そして、制作会社を「業者」ではなく「パートナー」として扱う。一方的に指示を出すのではなく、課題を共有し、一緒に考える。制作会社の知見を引き出す姿勢が、良い報告書につながる。
- 外注前チェックリスト
統合報告書を外注する前に、以下の順番で整理する。
1. 読者の優先順位を決める 誰に最も読んでほしいかを明確にする。「すべてのステークホルダー」ではなく、優先順位をつける。これが決まらないと、構成も内容も定まらない。
2. 読後感を設計する この報告書を読み終わった人の頭に、何が残ってほしいかを一文で定義する。これが報告書全体の設計基準になる。
3. 最も伝えたいことを一文で言えるようにする 読後感を実現するために、何を最優先で伝えるかを決める。これがトップメッセージの骨格になり、構成の優先順位を決める基準になる。
4. 他の開示媒体との役割分担を設計する 統合報告書に何を載せ、何を載せないかを決める。詳細データはウェブへ、制度開示は有報へ。統合報告書は「全体像とストーリー」に集中させる。
5. 社内の意思決定体制を整える 窓口の一本化、最終決定者の明確化、経営層の関与。これらが曖昧なまま制作会社に依頼すると、進行中に迷走する。
6. 制作会社を選び、RFPを作成する ここまで整理ができて初めて、制作会社選びに入る。判断基準が明確であれば、提案の評価もしやすい。
この順番を逆にすると、丸投げになる。制作会社を先に選び、RFPを埋めることから始めると、「何を語るか」は制作会社任せになる。出来上がるのは、フレームワークを埋めただけの報告書だ。



