
コーポレートブランディングにおける色の考え方——理念体系の接続だけでは決めきれないとき

- コーポレートカラーで最も重要なのは、企業の理念体系との接続だ。色彩心理学はその接続を支える道具として機能する。
- だがCI刷新の局面では、理念体系との接続だけでは決めきれない判断がある。
- 創業期から事業ポートフォリオもカルチャーも変わり、単一の理念で全社を束ねきれなくなったとき、もう一つの視点が必要になる。
- それが「自社の事業は、顧客接点で前に立つ性質か、後ろで支える性質か」という視点だ。
- 本稿では、この視点を理念体系との接続に並走させて使う方法を整理する。
- 「色彩心理学を読んでも決まらない」感覚はどこから来るか
undergraffiti.のサイトを見たクライアントから、よくこう聞かれる。
「なぜ御社のサイトは白黒なのですか」。
コーポレートブランディングの現場で、コーポレートカラーは常に重要な論点になる。
経営理念を視覚化する記号として、企業の人格を担う大切な色をどう選んだらいいのか。コーポレートアイデンティティを刷新するときも、サイトをリニューアルするときも、必ずこの問いが立ち上がる。
その議論の入り口は、たいてい色彩心理学だ。青は信頼、赤は情熱、緑は自然・・・。
次に業種連想や競合差別化の話になる。
担当者は色見本を並べ、役員に意見を求め、社員アンケートを取ったりする。だが議論を進めるほどに、決めきれない感覚が残ってしまう。
色彩心理学の説明は読んだし理念とも紐づけてみた。それでもこれだという確信が持てない。
その感覚はおそらく正しいと思っている。色彩心理学と理念体系の接続だけでは、いまの自社の「色」を決めきれない局面は無数にあるからだ。とくに創業期から事業ポートフォリオもカルチャーも変わった企業では、単一の理念に全社を束ねきれない。そこに別の視点を持ち込まないと、判断は揺れ続ける。
本稿では、その視点を提示する。コーポレートカラーは、まずは理念体系との接続を主軸に決める。だがそれだけで決めきれないときに、自社の事業のあり方を補助線として持ち込む、という考え方。
冒頭の「undergraffiti.がなぜ白黒か」の答えには、本文中で答えようと思う。
- コーポレートカラーは、何を頼りに決めるのか
最も重要なのは理念体系との接続
コーポレートカラーで最も重要な判断軸は、理念体系との接続だ。
企業が何を大切にし、何を社会に提供しようとしているか。そのコアにある理念を視覚化する記号として色を選ぶ。
スターバックスが緑を選んだのは、自然やリラックスといった緑色が持つ効果と企業理念の接続があったからだろうし、楽天が赤を選んだのは、情熱やダイナミクスといった起業時の意志と結びついていたからだろう。
色彩心理学が「青=信頼」「赤=情熱」と整理する辞書的な対応関係は、この接続を支える道具として機能する。
理念を言葉にし、その言葉に対応する色彩心理学的なトーンを探す。これは選定の出発点として間違いなく有効であると思う。
CI刷新の局面で起きること
問題は、理念体系との接続だけでは決めきれない局面があることだ。とくにコーポレートアイデンティティを刷新するとき、この壁にぶつかりやすい。
創業から数十年経った企業を考えてみる。創業時の理念は、当時の事業に対して立てられており、創業者の経験、顧客への思い、産業の文脈も当時のものだ。それらに紐づいた色が、創業期のコーポレートカラーとして選ばれた。
だが時間が経てば当然企業は変わる。事業ポートフォリオは広がり、複数の業界に踏み出している。顧客層も多様化し、組織カルチャーも、創業期のスタートアップ的なものから、上場企業としての成熟したものへ変わっている。新しい世代の社員が中心になり、創業時の物語を共有していない人のほうが多い。
このとき、理念体系を更新しようとして気づくのは、仮に新しい理念を作っても、それを単一の色に翻訳するのは非常に難しいということだ。
複数の事業に共通する理念は、抽象度を上げざるを得ない。抽象度を上げると、色彩心理学的な対応関係が拡散する。
「持続可能な価値を生み出す」のような理念は、緑にも青にも、紫にも対応してしまう。決め手が欠ける。
これは理念設定が悪いのではない。複雑になった企業を、単一の理念で束ねること自体に限界がある。
だから、理念体系との接続だけを頼りにすると、判断が難しくなってしまうのだ。
もう一つの視点が必要になる
ここに、もう一つの視点を持ち込んでみるのはどうかというのが私の考えだ。
自社の事業のあり方から色を引き出してくる視点だ。
具体的には、自社の事業が顧客接点で前に立つ性質なのか、後ろで支える性質なのかということを考えてみる。
前に立つ事業はコーポレートカラーが顧客の目を引く役割を担う。後ろで支える事業はコーポレートカラーが他のものを引き立てる役割を担う。
この役割の違いは、理念とは別の次元の問題だ。同じ理念を持っていても、事業構造が違えばコーポレートカラーの担う役割は変わる。だからこの視点は、理念体系との接続と並走させて使える。
次の章で、この視点を具体に降ろしていく。
- 色を「前に立たせる」か、「後ろで支えさせる」か
視覚表現の基本——図と地
少しだけデザイナー的な話をする。
視覚表現には「図」と「地」というものがある。
図は意識を向けて見るもの、地はそれを成立させる背景だ。本のページで言えば、印刷された文字が図で、紙の白さが地。ポスターで言えば、被写体が図で、余白が地。図は注意を引きつけ、地は注意を支える役目を持っている。
コーポレートコミュニケーションも、この構造が当てはまる。
あらゆる接点で、企業は何かを図として立たせ、何かを地として支えている。コーポレートカラーが、主にどちらの役割を担うか。これが色の選定の前に決まっていると、判断が安定する。
色を「図」として運用するとき
コーポレートカラーを図として運用するとき、その色は画面や資料の主役の位置にいる。
コーポレートサイトのファーストビューで全面に展開される。広告で背景の半分を占める。
商品パッケージで顧客の目を最初に引く。資料表紙でブランド名と等価の存在感を持つ。
色そのものが、企業を指し示す看板として機能している状態だ。
コカ・コーラの赤、エルメスのオレンジ、ユニクロの赤。これらは図として運用されている。
色を見ただけで企業が想起され、色そのものが企業の代名詞になっている。
色を「地」として運用するとき
コーポレートカラーを地として運用するとき、その色は画面や資料の支え手の位置にいる。
コーポレートサイトでは余白や罫線、見出しの装飾といった脇役にとどまる。
広告では商品やメッセージの背景として機能し、広告そのもののトーンを決めずにいる。資料では本文と図表を読みやすくするための構造線として働く。
色は存在しているが、見る人の意識は色ではなく、その上に乗っている中身に向かう。
地として運用される色は、目立たないが、目立たないことこそが役割だ。
読み手や見る人の注意を、企業そのものではなく、企業が提供する内容に向けるための設計になっている。
色の選定よりも、運用のされ方で意味が決まる
同じ青でも、ファーストビュー全面に置けば図になる。罫線とアクセントだけに置けば地になる。色そのものが図/地を決めるのではなく、どの位置にどれだけの面積で置くかが、図か地かを決める。
つまりコーポレートカラーは、何色を選ぶかと同じくらい、どう運用させるかで意味が変わる。選定の前に「自社のコーポレートカラーは図として運用するのか、地として運用するのか」を決めておくと、色の候補が自然に絞られる。
- 自社の事業のあり方から、図と地を判断する
単一事業や多角化が進んでいない企業の場合
事業構造がシンプルな企業では、自社の事業が顧客接点で何をしているかが、そのままコーポレートカラーの役割につながる。
BtoCのプロダクトメーカー、消費財ブランド、店舗ビジネス、エンターテインメント。
これらの事業では、自社のブランドそのものが顧客の前列に立つ。
コカ・コーラの赤やユニクロの赤が機能するのは、店頭やパッケージで自社が顧客と直接対峙しているからだ。
コーポレートカラーが図として運用されることが、事業構造から要請されている。
逆に、BtoBの専門サービス、コンサルティング、デザインファーム。
これらの事業では、顧客接点で前列に立つのは、クライアントの事業や提供する成果物であって、自社ではない。
自社は中身を支える背景として機能している。
コーポレートカラーが地として運用されることが、事業構造から要請されている。
どちらが正しいかではない。
自社の事業がどう振る舞っているかを観察すると、コーポレートカラーが担うべき役割が見えてくる、という話である。
多角化した企業の場合
多角化が進んだ企業では、判断がもう一段階複雑になる。
コーポレートを図に立てるのか、各事業領域を図に立てるのか。階層ごとに役割が分かれる。
たとえば私たちが支援した富士ユナイトHDのケースでは、コーポレートカラーを事業ビジョン、グリーン化、しなやかさといった抽象的な価値を担うトーンとして設計した。ここでは強い主張は避け、グループ全体の方向性を示すトーンに留めている。一方で、各事業領域のカラーは事業の中身を直接想起させる具体的な色味として、別に設計した。
事業領域ごとに顧客接点が違うため、それぞれの事業を表す色が必要になる。
ただし、各事業領域の色も、コーポレートの傘下にあることを示す抑制が効いている。完全に独立したブランドのように振る舞うのではなく、グループとしての一貫性を保つ範囲で色を立てる。
このケースでコーポレートカラーが担っているのは、「グループ全体を地として支える」役割だ。
前列で目を引くのは各事業領域のカラーで、コーポレートカラーはその背後でグループの一体感を保つ。
多角化した持株会社では、こうした階層的な役割分担がコーポレートカラー設計の中心になる。
色を「持たない」という選択
事業のあり方から判断すると、コーポレートカラーを意図的に抑える、あるいは無彩色にするという選択肢もまたあり得る。
これは色を決め損ねたわけではなく、地としての役割を徹底させた結果だ。
冒頭の答えだが、undergraffiti.のサイトが白黒なのは、色で設計の本質を惑わされたくなかったからだ。
私たちの仕事は、クライアント企業のコミュニケーションを設計することであり、自分たちが前に出ることではない。
サイトを訪れた人が最初に見るべきなのは、私たちの色ではない。
クライアント企業のブランドカラー、ビジュアル、編集判断の結果。これらが強く立ってこそ、私たちの仕事の価値が伝わるのであり、私たちのコーポレートカラーが強い色だと、クライアントの色が、霞んでしまう。
つまり、お客様の色があればよく、私たちの色はそれを支える地で十分だ、という判断の結果である。
もっともこれは私たちのようなデザインファームに固有の話ではない。
複数の事業や子会社を束ねる持株会社、専門性で選ばれるコンサルティング。
自社よりも先に立つべきものを抱えている企業は、無彩色やそれに近い抑制されたトーンを真剣に検討する余地がある。
たとえば外資系の金融グループや、複数の独立した事業会社を持つ持株会社で、コーポレートカラーをモノクロームや、それに近い抑制されたトーンに置く例がある。
そこには「我々は事業を支配しない、各事業の色を尊重する」という判断がある、と言えるだろう。
- 理念体系の接続と、事業のあり方の視点を両立させる
判断の順序
ここまで二つの視点を提示してきた。
コーポレートカラーは、理念体系との接続を主軸に決める。だがそれだけで決めきれないとき、自社の事業のあり方を補助線として持ち込む。
この二つを実務で使うときの順序を整理する。
最初に理念体系との接続を試みる。
新しい理念体系を更新したなら、それを言葉にし、対応する色彩心理学的なトーンを探す。複数の方向性が候補に上がるはずだ。緑系、青系、グレー系。それぞれの候補が、理念のどの側面と接続しているかを並べてみる。
ここで一つに絞れたら、それで判断は完了する。色彩心理学を検証ツールとして使い、トーンを微調整する。
絞れなかったとき、事業のあり方の視点を持ち込む。
自社の事業は顧客接点で前に立つ性質か、後ろで支える性質か。多角化していれば、コーポレートと事業領域のどちらが前に立ち、どちらが後ろで支えるか。この役割設計を行うと、図として運用すべき色か、地として運用すべき色かが決まる。すると候補色のうち、その役割に合うものが残る。
理念体系の接続が「何を担うか」を決め、事業のあり方の視点が「どう運用するか」を決める。
二つが揃ったとき、判断は安定するというのが私が経験から言えることである。
二つの視点が両立する理由
理念体系の接続と事業のあり方の視点は、対立する判断軸ではない。同じ企業を別の角度から見たものだ。
理念は、企業が何を大切にし、何を提供しようとしているかを言葉にしたものだ。事業構造は、その理念を現実の市場でどう実現しているかを示している。理念だけ見ても、事業の現実が抜け落ちる。事業構造だけ見ても、企業の意志が抜け落ちる。両方を持ち込むことで、コーポレートカラーは企業の意志と現実の両方を担えるようになる。
この両立は、コーポレートブランディングが本来引き受けるべき設計の射程に対応している。
理念体系との接続だけで色を決めるのは、コーポレートブランディングを言葉のレベルで完結させること。
事業のあり方の視点を加えるのは、それを企業活動の現実に着地させること。
両方が揃ってはじめて、コーポレートカラーは設計として機能する。
- まとめ:コーポレートカラーを決める順序
CI刷新の局面でコーポレートカラーを見直すとき、社内で確認すべきことがある。順番に書く。
1. 新しい理念体系との接続を試みる 更新された理念を言葉にし、それに対応する色彩心理学的なトーンを並べる。複数の候補が出るはずだ。これが選定の出発点になる。
2. 一つに絞れたか確認する 理念との接続だけで一つの方向に絞れたなら、判断は完了する。色彩心理学を検証ツールとして使い、最終的なトーンを決める。
3. 絞れなかったとき、事業のあり方を観察する 自社の事業が顧客接点で前に立つ性質か、後ろで支える性質か。多角化していれば、コーポレートと事業領域のどちらが前に立ち、どちらが後ろで支えるか。
4. 図として運用するか、地として運用するかを決める 事業のあり方から、コーポレートカラーが担うべき役割を引き出す。前に立つなら図、後ろで支えるなら地。
5. 残った候補色のうち、その役割に合うものを選ぶ 図として運用するなら、強く立つ色が候補になる。地として運用するなら、抑制されたトーンや無彩色が候補になる。
理念体系との接続だけで決めようとすると、複雑になった企業では判断が揺れる。事業のあり方の視点を持ち込むことで、理念と現実の両方に根ざした判断ができる。
結局のところコーポレートカラー問題は、何色を選ぶかという単純な話ではなく、企業の意志と事業の現実をどう接続するかという問題である、というのが私の言いたいことである。
なお、理念体系との接続そのものをどう深めるかは、それ自体が独立した論点になる。本稿では立ち入らず、別の機会に扱う。



