
「うちの事業は説明が難しい」を解く——業界知識ではなく構造で翻訳するデザイン

- 「うちの事業は複雑で、なかなか伝わらない」という課題の多くは、情報量の問題ではない。
- 構造が整理されていないまま、ビジュアル化という「手段」に飛びついている。
- 業界特化のデザイン会社は業界知識で解こうとするが、構造の問題は知識では解けない。
- 必要なのは、異業界のパターンを借りて再構成する「翻訳」のアプローチ。
- インフォグラフィックを作る前に、まず構造を言語化すること。
- 「伝わらない」の正体は情報量ではなく構造の問題
「うちの事業は複雑で、資料を作ってもLPを作っても伝わらない」。私たちはこの相談を頻繁に受ける。
相談者の多くは、すでに一度は制作会社に発注した経験がある。サイトは完成した。デザインも悪くない。でも、営業資料の代わりにはならなかった。問い合わせは来たが、サービスを理解していない人ばかりだった。
結局、商談の最初に「まずサービスの説明から」が必要になる。
この状況に対して、よくある処方箋は「もっとシンプルに」「インフォグラフィックで可視化を」「ファーストビューを改善して」といったものだ。間違いではないのだが、ただ、それで解決するケースと、しないケースがある。
解決しないのは、問題の根が「見せ方」ではなく「構造」にあるとき。
情報量が多いから伝わらないのではなく、情報の関係性が整理されていないから伝わらない。この違いを見極めないまま、ビジュアル化という手段に飛びつくと、「きれいだけど伝わらない」デザインが再生産される。
本稿では、複雑なBtoB事業が「伝わらない」構造的な原因を分解し、業界知識ではなく構造翻訳で解くアプローチを解説する。
最後に、制作会社に発注する前に社内で決めておくべき判断基準を整理する。
- 業界特化では解けない「複雑さ」の正体
複雑なBtoB事業に共通するパターン
「複雑で伝わらない」と言われる事業には、いくつかの共通点がある。
まず、ニッチ領域であること。
市場が狭く、比較対象となる競合が少ない。顧客に「〇〇のような会社です」と言えない。
次に、プロセスが見えないこと。製造業のように物理的な工程がなく、コンサルティングやシステム開発のように「やっていることが外から見えない」。
そして、専門用語が多いこと。業界内では通じるが、業界外の人間には意味が伝わらない言葉で説明が構成されている。
これらの特徴を持つ事業は、「業界知識があれば伝わる」と思われがちだ。
しかし、実際には業界知識だけでは解けないケースが多い。なぜか。
問題は知識の量ではなく、構造の整理にあるからだ。
たとえば、ある製造業向けSaaSの会社が「うちのサービスは説明が難しい」と言うとき、その難しさの正体は「製造業の知識がないから」ではない。「自社サービスが顧客のどの課題を、どの順番で、どう解決するのか」という構造が、社内でも言語化されていないのだ。
業界特化が機能する条件と、しない条件
業界特化のデザイン会社には、明確な強みがある。医療業界であれば広告規制への対応、不動産業界であれば重説の扱い、金融業界であればコンプライアンス要件。こうした「業界固有のルール」を知っていることは、制作のスピードと安全性を上げる。
ただし、業界特化が機能するのは、伝えるべき内容がすでに整理されている場合だ。「何を伝えるか」が決まっていて、「どう伝えるか」の部分で業界知識が必要なとき。この条件が揃えば、業界特化の制作会社は力を発揮する。
逆に、機能しないのは「何を伝えるか」自体が整理されていない場合である。サービスの構造が複雑で、社内の人間も説明に苦労している。顧客は業界外から来る。比較対象がないので「〇〇のようなもの」と言えない。こうした状況では、業界知識をいくら持っていても、構造の整理はできない。
業界特化の制作会社に発注して「きれいだけど伝わらない」が起きるのは、このミスマッチによる。
- 業界知識ではなく「構造」で翻訳するアプローチ
Analogyという方法——異業界から構造を借りる
複雑な事業を伝えるとき、有効なのがAnalogy(類推)だ。異なる領域から構造を借りてきて、説明に使う手法。
とえば、製造業向けの予知保全サービスを説明するとき、「工場設備の人間ドック」と言えば、何をするサービスかの輪郭が見える。人間ドックで「身体の状態を定期的にチェックして、異常を早期発見する」という構造がすでに理解されているからだ。その構造を借りて、「設備の状態を常時モニタリングして、故障を予測する」と翻訳する。
この方法が機能するのは、人間が「知っているパターン」に当てはめて理解するからだ。まったく新しい概念をゼロから説明するより、既知の構造に紐づけたほうが、認知の負荷が下がる。
インフォグラフィックの作り方を解説する記事は多い。しかし、その前段階である「どの構造を借りるか」を決めないと、ビジュアルは作れても、伝わるものにはならない。
構造翻訳が効くのは「業界を跨いできた」から
Analogyを使うには、借りてくる元のパターンを持っていなければならない。製造業しか知らなければ、製造業以外の構造を借りることはできない。医療しか知らなければ、医療以外の構造を借りることはできない。
私たちが業界特化をしないのは、この「パターンの引き出し」を増やすためだ。IR、採用、コーポレートブランディング、サービスサイト。領域が違えば、構造も違う。その違いを横断的に見てきたから、「この事業の構造は、あの領域のあのパターンに近い」という翻訳ができる。
私たちの強みは、業界知識ではない。複雑な事業を抽象化し、パターンを認識し、異なる文脈に再構成する能力だ。これは業界を跨いできたから蓄積される。業界特化は、この能力の獲得とトレードオフの関係にある。
- サービスサイト・LPに落とす前に決めること
インフォグラフィックの前に決める3つの問い
「複雑だから可視化しよう」は、発想として自然だ。ただし、可視化は手段であって答えではない。インフォグラフィックを作る前に、3つの問いに答える必要がある。
1つ目は、誰に伝えるのか。
業界内の専門家か、業界外の意思決定者か。同じサービスでも、相手によって伝える構造は変わる。
2つ目は、相手の認知状態はどこか。
課題を認識しているのか、していないのか。競合と比較しているのか、そもそも解決策を探し始めたばかりか。認知状態によって、伝えるべき情報の粒度が変わる。
3つ目は、どこまで動かしたいのか。
サービスの概要を理解してもらえればいいのか、問い合わせまでしてほしいのか、商談の場で営業資料として使いたいのか。ゴールによって、設計すべき導線が変わる。
この3つが決まらないまま「インフォグラフィックを作ってください」と発注すると、制作会社は「きれいなもの」を作るしかない。伝わるかどうかは、発注側の設計にかかっている。
制作会社に発注する前に社内で決めること
制作会社にRFP(提案依頼書)を出す前に、社内で決めておくべきことがある。
まず、自社サービスの構造を言語化すること。「誰の、どんな課題を、どう解決するのか」を、専門用語を使わずに説明できるか。これが言語化されていないと、制作会社は「聞いた話をそのままデザインする」しかできない。
次に、ターゲットの認知状態を定義すること。「どんな人が、どんな文脈で、このサイトに来るのか」を具体的に。これが曖昧だと、制作会社は「広く浅く」作るしかない。
そして、成功の定義を決めること。「このサイトで何が達成されれば成功か」を数値か行動で定義する。「伝わる」は曖昧すぎる。「問い合わせ時に、サービス概要の説明が不要になる」くらい具体的に。
これらが社内で決まっていれば、制作会社への発注は「判断基準を共有する」作業になる。決まっていなければ、制作会社に「判断基準ごと作ってもらう」ことになる。後者を期待するなら、制作会社ではなく、上流の設計ができるパートナーを探すべきだ。
- チェックリスト——「伝わらない」を解くための判断順序
1. 自社事業の「複雑さ」の正体を特定したか ニッチ領域だから複雑なのか、プロセスが見えないから複雑なのか、専門用語が多いから複雑なのか。原因によって打ち手が変わる。
2. 業界知識で解ける問題か、構造翻訳が必要か 「どう伝えるか」だけが課題なら業界特化の制作会社でいい。「何を伝えるか」が整理されていないなら、構造翻訳ができるパートナーが必要。
3. ターゲットの認知状態を定義したか 業界内の専門家か、業界外の意思決定者か。課題認識があるか、ないか。比較検討中か、情報収集中か。
4. ビジュアル化の前に構造を言語化したか 専門用語を使わずに、自社サービスの構造を説明できるか。できないなら、インフォグラフィックを作っても伝わらない。
5. 制作会社に渡す「判断基準」を持っているか 成功の定義、ターゲット定義、サービス構造の言語化。この3つが揃っていれば、制作会社は「判断基準に沿って作る」ことができる。
この順番を逆にすると、「作ったけど伝わらない」が起きる。ビジュアルの前に構造。制作の前に設計。発注の前に判断基準。この順序を守ることが、複雑な事業を伝えるための最短ルートになる。
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