
生成AIに「何を委ねないか」ーコーポレートコミュニケーション設計の現場から

- AI導入の本質的な問いは「何ができるか」ではなく「何を委ねないか」の判断基準を設定することにある
- 委ねる領域の共通点は「構造的に正解が導出できる工程」か「中間生成物」であること
- 委ねない領域の共通点は「文脈依存」「関係性の中の判断」「意思と責任を伴う判断」の3つ
- 制作コストはAIで下がる。しかし上流の編集判断——何を、誰に、どう伝えるか——の価値は下がらない
- 「何を委ねないか「の定義は、自社が何で勝負しているかの再確認になる
- 問いの所在
生成AIに「何ができるか」を論じた記事は、もう十分にある。
私たちが日々向き合っているのは、もっと手前の問いで、「何を委ねないか」の判断基準をどう設定するか、という問題だ。
これは技術選定の話ではない。「自分たちは何に対価をもらっているのか」という、事業の根幹に関わる問いである。
ツールが高性能になるほど、その線引きは曖昧になると同時に重要になってくる。
本稿では、コーポレートコミュニケーションの戦略設計を専業とするundergraffiti.が、自社のワークフローの各工程において生成AIとどのような関係を築いているかを、実務の視点から整理してみたい。
- ワークフローの全体像
私たちのワークフローは、大きく2つのフェーズで構成される。
戦略・要件定義フェーズ: RESEARCH(事業を理解する) → CONCEPT(価値を定義する) → DIRECTION(方向を合意する)。このフェーズの完了時にGATE(方針承認)を設け、戦略フェーズで定めた判断軸をクライアントと合意する。
実装フェーズ: DESIGN(形にする) → DELIVERY(資産にする) → REVIEW(検証し改善する)。
生成AIとの付き合い方は、この工程のどこにいるかで明確に変わってくる。
各工程ごとに「委ねていること」と「委ねないこと」を具体的にみていきたい。
- 戦略・要件定義フェーズ——AIが効く工程、人間が握る工程
RESEARCH:事業を理解する ── AI活用度◎
ここが最も積極的にAIを活用しているフェーズである。
市場調査の初動 競合分析のベースライン、業界構造の整理、公開情報の収集と要約。調査の初動スピードを数時間単位で短縮できる。
財務データの構造化 市場セグメンテーション、TAM/SAM/SOMの試算、財務データの整理と可視化。情報の網羅性と計算精度が求められる工程で、AIは正確で速い。
思考の壁打ち 戦略仮説の検証、論点の網羅性チェック、ブレインストーミング。AIは「思考を外部化する装置」として機能する。自分の頭の中にある構造を、対話を通じて言語化し、漏れを発見するのに役立っている。
ただし、RESEARCHにおいてもAIの出力をそのまま採用することはない。出力されたフレームの「どこに重心を置くか」——何を深掘りし、何を捨てるか——を決めるのは人間の仕事だと考えている。
CONCEPT:価値を定義する ── AI活用度△
ここからAIの役割はより限定的になる。
叩き台の生成には使う。 コンセプトの初期仮説、コピーの素案、構成ロジックの検証。位置づけは「0→1」ではなく「0→0.3」くらいのところ。そこから方向性を絞り、ぼこぼこに叩き、最終的に別物にする。AIで作るものはあくまで素材であって、成果物ではない。
価値の定義そのものは委ねない。 事実の集約から導かれた構造的ギャップを、新しい意味に変換する工程——本質の翻訳、視点の転換、核となるストーリーの言語化の作業。「このファクトをどう束ね、どんな意味を与えるか」は、経験と直感、そしてクライアントとの対話の蓄積に依存する。AIが出すのは「ありえる選択肢」であって、「この企業にとっての正解」ではない。
AIが賢くなり、我々の思考を学習するにつれて「それらしいもの」が出てきたりするのだが、寝て起きて改めて見てみると、上滑りしていくような、地に足がついていないような感覚を覚えることが多いのが現状だ。。
DIRECTION:方向を合意する ── AI活用度✕
この工程では、AIは使っていない。
方向の合意というのは、クライアントの組織内で判断軸を共有し、意思決定者の承認を得るプロセスだ。求められるのは、相手の組織力学を読むこと。誰が実質的な意思決定者なのか、担当者と承認者の関係はどうか、社内にどんな政治的な力学が働いているか。それを踏まえて、提案のタイミング、粒度、順序を設計していく。
こうした判断は関係性の中にしか存在しない。データから導き出せるものではないし、おそらく今後もそうだろうと思っている。
GATE:方針承認 ── AI活用度✕
GATEは、戦略フェーズで定めた判断軸をクライアントと合意するマイルストーンである。ここを通過しなければ実装フェーズには進まない。
「この方向で行く」と宣言して、その結果に責任を持つ。この行為だけは、どれだけツールが進化しても人間にしかできないと考えている。意思決定には覚悟が伴う。覚悟は計算からは生まれてこない。
- 実装フェーズ——エンジニアとデザイナーのAI活用
DESIGN:形にする ── AI活用度◎
実装フェーズに入ると、AIの活用度は再び上がる。
エンジニアとデザイナーは、コーディングの補助、デザインの初期探索、プロトタイプの高速生成など、制作実行の各工程で生成AIを積極的に活用している。戦略フェーズで定めた判断軸を「正確に、速く」形にするための加速装置として、AIはよく機能してくれている。
ただし、ここでもクリエイティブの最終判断——トーン、世界観、一語の選択が成果物全体の品格を決める瞬間——は人間が握っている。
DELIVERY:資産にする ── AI活用度◎
ガイドライン整備、運用ルールの形式知化、アセットライブラリの構築。こうした工程でもAIは効率化に貢献してくれている。
REVIEW:検証し改善する ── AI活用度△
検証データの収集と整理にはAIを活用する。しかし「この数値をどう読み、次に何を変えるか」の改善判断は人間の仕事だ。データが示すのは事実であって、方向ではない。
実装フェーズにおけるエンジニア・デザイナーのAI活用については、別稿で詳述する予定。
- この線引きが示すもの
ワークフローを通して見ると、AIの活用度は一直線ではないことがわかる。
RESEARCH(◎)→ CONCEPT(△)→ DIRECTION(✕)→ GATE(✕)→ DESIGN(◎)→ DELIVERY(◎)→ REVIEW(△)
「事実を集める」工程と「形にする」工程ではAIは強力に機能する。しかし、その間にある「意味を定義し、方向を合意する」工程——私たちがBridgeと呼んでいる領域——では、AIの関与は限定的か、ゼロになる。
これは偶然ではないと思っている。制作実行のコストがAIによって構造的に下がるのは不可逆だ。しかし、上流の判断設計——「何を、誰に、どの文脈で、どう伝えるか」を決める工程の価値は下がらない。むしろ制作コストが下がるほど、この判断の質が成果物の差を決定的に分けることになる。
IR資料、統合報告書、コーポレートサイト。これらの制作コストはAIの活用で削減できるし、すべきだと思う。しかし、その手前にある編集判断——開示すべき情報の優先順位、読み手の理解を導く構成、企業の意志が伝わる言葉の選択——を省略すれば、テンプレ化した開示物が量産されるだけだ。形式は整っているのに、何も伝わらない。そういうものが増えていくことに、少し危機感を覚えている。
- ツールは変わる、基準は残る
ツールは半年で変わる。去年の最適解は今年の前提条件にすぎない。
しかし「何を人間が握るか」の判断基準は、ツールの変遷とは独立して存在するものだと思う。それは技術論ではなく、その組織が何を価値と定義しているかの表明だからだ。
私たちは生成AIを「使いこなす」こと自体にはあまり関心がない。関心があるのは、「何を委ねないかを定義し続ける」ことで、自分たちの提供価値の純度を保つことだ。
