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株主資本コストの数値開示を、コミュニケーションの視点で考える

企業価値・PBR改善
7 minutes
TL;DR
  • 東証要請への対応開示はプライム市場の93%まで進んだが、資本コストを数値で公表する企業は1割程度にとどまる
  • 株主資本コストの数値は観測値ではなく、経営の自己評価の表明として読まれる
  • 株主構成と圧力環境によって、同じ開示が対話の起点にも攻撃の対象にもなる。出すかどうかの前に、環境の評価がある
  • 出す場合の形式は、単一の数値・レンジ・算定方法のみの三択。「当社の認識」という主語の設計が、食い違ったときの対話の質を決める
  • 置き場所は数字の更新サイクルで分け、開示日の明記と更新の体制まで決めてから出す
  1. 対応率93%と、数値公表1割の落差

東証が2023年3月に要請した「資本コストや株価を意識した経営の実現に向けた対応」は、プライム市場の93%が開示済(検討中含む、2026年2月末時点)というところまで進んだ。ところが生命保険協会の調査では、資本コストを重要な経営指標として公表している企業は1割程度にとどまっている。多数派の現在地は、取り組みの開示までは済ませたが、自社の資本コストが何%なのかは開示していない、というところにある。

この落差は、開示の怠慢では説明できない。数値を出した方がよいことは多くのIR担当者が分かっており、好開示事例のまとめ記事も揃っている。それでも出せないのは、「出すべきか」という問いよりも前に、整理すべき課題が残っているからであると考えられる。

それは株主との関係値である。自社の株主構成と圧力環境のもとで、この数字は対話の起点になるのか。それとも攻撃の対象になってしまうのか。

私たちは、すべての企業に対し、株主資本コストの数値開示を勧めることはしない。同じ開示が、ある企業では信頼獲得のための設計になり、別の企業では争点の提供になることがあるからだ。本稿はその判断について整理する。なお、CAPMをはじめとする算定方法の議論には踏み込まない。どう算出するかとは別に、算出した認識を外に出すかどうかという別の判断があり、それこそ私たちが、頻繁にクライアントから相談を受けるポイントだからだ。

  1. 株主資本コストの数値は、観測値ではなく自己評価である

株主資本コストは、投資家が株式投資に対して求める期待収益率である。市場価格のようにどこかに表示されている数字ではない。モデルで推計はできるが、モデルの選び方や前提の置き方で結果が変わるため、唯一の正解には着地できない。東証の要請も、第一歩である現状分析については、資本コストの水準に関して株主・投資者と認識が揃っているかを問うものである。

そのため企業が公表する資本コストの数字は、事実の報告としてではなく、経営の自己評価の表明として読まれる。ROEの開示と資本コストの開示が同列に扱えない理由がここにある。ROEは計算すれば誰でも同じ数字になるが、資本コストは、出した瞬間に「なぜその水準だと考えるのか」という問いにつながっていく。

実際に認識のずれは大きい。生保協会調査では、日本企業のROEが資本コストを下回っていると認識する投資家が52%いるのに対し、自社についてそう認識している企業は28%にとどまっている。ROEは公表値なので、24ポイントの差はROEの読み方ではなく、資本コストの見積もりの違いから生じていると言える。企業と投資家は、違う要求水準を頭に置いたまま対話しているというのが実態であり、数値開示はこの隠れた認識のずれを明らかにする営みであるといえよう。

  1. 同じ開示が、対話の起点にも攻撃の対象にもなる

認識のずれを明らかにすることの意味は、株主との関係によって変化する。

株主構成が安定しており、資本効率への批判が顕在化していない企業では、会社が先に認識を置くことが対話の主導権を握ることにつながることが多い。投資家が、自分の推計と会社の認識を突き合わせるところから面談を始められるからだ。「資本コストを意識した経営に取り組んでいます」とだけ書く開示では、主導権は握りにくい。東証が公表した「投資者の目線とギャップのある事例」でも、数値の裏付けを欠いた抽象的な記述は、投資者の目線とずれる典型として繰り返し挙げられている。

一方、アクティビストが株主に入っている、あるいは資本収益性への批判が議決権行使や株主提案の形で既に顕在化している企業では、対話の開始地点が逆転する。自社の認識として出した資本コストは、以後の全ての対話で「御社の認識でも資本コストを下回っていますね」という参照点として使われる。そして一度出した数字は、都合が悪くなったという理由では引っ込められない。撤回や下方修正は、それ自体が経営が自己評価を動かしたというメッセージになる。

私たちは、判断は三段の順序を踏んで行う必要があると考えている。第一に、自社の株主構成と圧力環境を評価する。第二に、その環境で数字が対話の起点になるのか、攻撃の対象になるのかを評価する。第三に、仮に出すと決めた場合には、どの形式で出すかを決定する。世の中の好開示事例が見せているのは三段目だけで、事例に挙げられる企業の内部では一段目と二段目を当然踏まえた決定がなされているだろう。

念のため付け加えると、アクティビストがいるなら数値開示をするべきではないと考えているのではない。批判が来る前に自社の認識を先に置き、対話の土俵を自分で設定する戦略も、当然成立する。ここで言えるのは、環境によって同じ開示の意味が変わるという一点であり、だからこそ開示形式の議論に入る前に自社が置かれている環境の評価が要る。なお、資本収益性の評価とPBRへの応答の全体像についての私たちの考えは、PBR1倍割れ企業のコミュニケーション設計で整理している。

  1. 単一の数値か、レンジか、算定方法のみか

環境の評価を通過して出すと決めた場合、次は、開示形式の選択である。選択肢は実質的に三つあると考えられる。単一の数値で出すか、レンジで出すか、算定方法だけ示して数値は出さないか。

単一の数値は、一見して推計に精度と自信があるように見える。8.2%と書けば8.2%の根拠を問われ、前提となるモデルや数式の議論に備えなければならない。実際の開示では「8%程度」のように「程度」を付けて精度の装いを緩めた書き方も多く見られるが、読み手が一つの数字を基準に議論を始めるという構造は変わらない。

算定方法のみの開示はその逆で、認識の表明を避けた形になる。誠実ではあるが、投資家が知りたいのは計算式より、経営が自社に求める収益率の水準なので、対話の起点としては弱いとも言える。

レンジでの開示は、この数字が推計であり認識であるという性質に最も正直な形式である。幅を持たせることで精度を装わず、しかし認識の表明からは逃げていない。

また、主語の設計がある。「当社の認識」と付して出すことは、この数字が観測された事実ではなく経営の自己評価だと、読み手に向かって宣言する行為になる。この宣言があると、投資家側の推計と食い違っても、認識のすり合わせという対話に帰結させることができる。主語の宣言のない数字は、投資家の認識と食い違った途端、正誤の議論になるだろう。

たとえば、私たちが支援したスタンダード上場企業では、株主構成が安定しており、資本効率への外部からの圧力が強い環境にはなかった。そのため数値を出すかどうかは大きな論点にならず、議論の中心は開示形式の設計になった。着地はレンジと「当社の認識」の併用である。単年のROEが認識レンジの下限を下回る年があることも、複数年平均では水準を確保していることも、認識と並べてそのまま見せた。資本コストを賄えていない年を隠さない構成は、環境の評価が済んでいる企業だからこそ取れる設計でもある。

  1. どのページに、何と並べて開示するか

形式が決まっても、置き場所の判断が残っている。東証対応の資料に一度記載することと、IRサイトの常設ページに載せることは別の論点である。PDFはある単一時点における開示であり、公表日の文脈が固定される。サイトの常設ページは、一方で、継続的な開示であり、訪れた投資家はそこにある数字を「今の認識」として読む。常設で置くなら、その読まれ方に耐える設計が必要になる。

具体的な配慮としてはまず、並べる数字の更新サイクルを揃えること。資本コストの認識とROEは決算サイクルで更新される数字であり、PBRやPERは株価に連動して日々動く数字である。この二種類を同じページ、同じセクション内に並べると、更新のたびにある一方だけが動き、ページの中に「いつ時点の話か」が揃わない領域が生まれる。先の企業では、資本効率のページにはROEと資本コストの認識だけを置き、株価連動の指標は更新サイクルの異なる別のページに分けた。そのうえで、認識の数字には開示日を併記している。

  1. 出した数字には、更新の義務が伴う

数値開示は、出した後のメンテナンスが重要である。株主資本コストの認識は金利水準に連動して動くので、金利環境が変われば認識の再点検が必要になる。開示日を明記すること、認識を見直したら更新の事実を残すことは、開示の信頼を担保する行為である。日付のない認識や何年も放置された認識は、読んだ投資家に「この会社は出しただけで運用していない」というメッセージを伝えてしまう。

逆に言えば、更新の体制を持てないので出さない、という判断にも合理性がある。

開示は一度きりの制作で終わらず、継続的に運用されるべきものであり、かける費用と体制の評価もその前提で行うことになる。この評価の枠組みはIRの費用対効果で扱っている。

  1. 開示判断のチェックリスト

株主資本コストの数値開示を検討するとき、確認する順序は次のとおりである。

KEY TAKEAWAYS

  • 自社の株主構成と圧力環境を評価したか。アクティビストの保有、議決権行使の傾向、資本効率への批判の顕在化を確認したか

  • その環境で、出した数字が対話の起点になるのか、攻撃の対象になるのかを評価したか

  • 形式を決定したか。単一の数値は精度と根拠を問われ、算定方法のみは認識の表明を避けた形になり、レンジは推計という性質に正直である

  • 主語を設計したか。「当社の認識」という宣言の有無で、食い違ったときの対話の質が変わる

  • 置き場所を決めたか。単一時点の開示(PDF)か、継続的な開示(サイト常設)か。常設なら、並べる数字の更新サイクルを揃えたか

  • 更新の体制を決めたか。開示日の併記、金利環境が動いたときの再点検の担当と頻度を定めたか

出さないという結論は、この検討の正当な着地の一つである。ただし投資家から見ると、「出さないと判断した企業」と「判断していない企業」は、どちらも開示がないという点で区別がつかない。違いが明らかになるのは対話の場面である。前者は出さない理由を語ることができ、後者は沈黙するしかない。同じ沈黙でも、判断を済ませた沈黙と判断を先送りした沈黙とでは、面談で投資家が受け取る印象は別のものになるだろう。だからこそ、出さない場合であっても、検討そのものを省略しないことに意味があると私たちは考えている。

これらの判断基準を社内で検討したうえで、環境の評価や開示形式・置き場所の設計に外部の視点が必要な場合は、IR & Disclosureからご相談いただきたい。

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AUTHOR記事の執筆・監修
古山 恵理

古山 恵理

CEO / Strategic Director -undergraffiti. Ltd.

東京大学公共政策大学院修了(MPP)。官公庁・上場企業にて経営戦略・IR・サステナビリティ領域のアナリストを歴任。高い開示要求にさらされる業界の現場で「伝える責任」の実務を積んだ後、2020年に独立。大手通信・エネルギー企業等に対し、ブランド戦略から情報設計・体験設計・運用改善までを一気通貫で支援。現在はコーポレートコミュニケーションの戦略設計を専業とし、上場企業のIRサイト・統合報告書・コーポレートサイトの編集戦略ディレクションを手がける。

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